ここ数日、
ロサンゼルスの気温は下がっている。
特に朝は気温が低く寒さが厳しい。
AM7:00
俺は今、
グリフィス天文台に向けて山道を走っている。
本当はロデール達との朝練の予定だったが、どうもロデールは風邪をひいたらしい。
仕方なく俺は1人でこの山道を走りにきた。
いつもロデールのクルマでふもとまで送ってもらうのだが…今日は1人だ。
家からグリフィス天文台までは往復で約15キロ。
なかなかタフだ。
延々と続く登り坂。
箱根駅伝の五区を思わせるこの坂道を息を切らしながら駆け上がる。
相変わらず気温は低く、
口から勢いよく吐き出される白い息が俺の呼吸の荒さを物語る。
ここからは気持ちの勝負だ。
2週間前、
俺はロサンゼルスにやって来た。
ここに来た理由は単純だ。
もっともっと強くなりたい。自分のボクシングを磨きたい。
去年、
俺はフィリピンで2度のトレーニングキャンプをはった。
フィリピンでのキャンプの目的は、
フィジカル・メンタル面を一から鍛え直す。
フィリピンの厳しい環境で自分を鍛え抜いた。
そして今回だ。
ではなぜアメリカなのか?
なんだかんだといい、
まだボクシングはアメリカ中心に動いている。
それはアメリカのリングにはビッグマネーが埋まっているからだ。
世界中の腕に自信のある選手たちが、
ボクシングでのアメリカンドリームを夢見てこの地に降り立つ。
俺がまだ10代の頃、
ジムの先輩からこう言われた。
もし本気でボクシングがやりたいのなら東京に行け。東京にはチャンスを求めるボクサー達が日本中から集まる。その環境に身を置かないと強くはなれない。
そして俺は上京した。
同じように、
強くなるためにアメリカという環境でボクシングと向き合いたかった。
ロサンゼルスは噂通りの街だった。
ここには本当にいろんな人達がいる。
人種も違えば国籍も違う。英語という言葉一つとってもそれぞれが実にユニークだ。
それはボクシングも同じで、
日本では見たこともないようなボクシングをする選手がいっぱいいた。
実際スパーリングをして、
おっ、コイツこんなことやって来るのかと。
いい経験ができた。
ただこの街でチャンスを掴んでいくのは並大抵のことではない。
ここには、
勝つことを約束された選手。
そして、
限りなく勝ち目の薄い試合を強要される選手。
まず、
この2つのポジションに分けられる。
アメリカでは、
この光と陰のコントラストが明確だ。
そしてほとんどの選手が、
アマチュアで輝かしいキャリアを築いてきたカネの匂いのする選手の餌になっていく。
試合が決まるのは1週間前や10日前などザラで、2週間より前に決まることでさえほとんどないという。
調整期間なんてものはここにはないのだ。
そして、
相手選手の試合直前のキャンセルなんて日常茶飯事だ。
さらに、
相手も条件は同じということではない。
相手は全て自分の都合で試合を組んでくる。
そして結果が出ないとトレーナーも離れていく。
トレーナーにも生活がある。
いつまでもファイトマネーが上がらない選手と情だけではやっていけないのだろう。
そういう話は聞いたことはあったが、
実際にアメリカで戦う選手の生の声を聞くとその壮絶さが伝わってくる。
では、
そんな環境で本当に勝っていけるのか?本当にスターダムにのし上がることはできるのか?
その無理難題をやってのけたのが、
あのフィリピンの英雄マニー・パッキャオだ。
彼がどれだけ偉大で、
どれだけ世界中のボクサーに夢を与えたか。
この街に来て、
パッキャオの偉大さを肌で感じた。
それに比べると日本は本当に恵まれている。多少の有利不利は勝負の世界だからあるとしても、ほぼフェアだ。
自分がいかに恵まれた環境にいたのか痛感させられた…。
走りはじめて1時間ほど経過しだろうか、
やっとグリフィス天文台に到着した。
遠くには、
ハリウッドサインがハッキリとみえる。
今日は本当に天気がいい。
カリフォルニアらしい天気だ。
少しづつあたりも明るくなり気温も上がって来た。
街が朝陽に照らされ、
なんとも美しく、幻想的な雰囲気を醸し出している。
目の前に広がるロサンゼルスの街。
その広大な景色を眺めながら。
俺はもっともっと強くなれる。
まだまだこんなところで立ち止まってるわけにはいかないんだ。
そう、
強い感情が込み上げてきた。
やはりこの街に来て本当によかった。
これから日本に帰り、
また日々の戦いがはじまる。
ここからが本当の戦いだ。
まず俺は今の状況を打開しないといけない。このままでは俺のボクサーとしての道は閉ざされる。
とにかく試合に勝つ。
何が起ころうとも、
この世界で生きていくためには勝つしかないのだ。
待ってろよ!日本!!